武士の小芝居

 「男は電車に座らないものだ」という、独自の美学を持っている。だから、大人になってから電車で座席を譲ったことがない。これぞ、武士だと勝手に思ってた。
 久しぶりにバスに乗ってすいてんのに癖で手すりにつかまってたら、運転者さんずっとこっち見てる。座らないといけない空気なのね。何故かたいして人乗ってないのに、カバンから荷物とる小芝居してから座った。「立ってるんじゃなくて荷物が取りたかっただけですよー」って小芝居。武士なのに小芝居、観客がいないのに小芝居。
 世間に負けて世間体にも負けて。人目を気にして、自意識過剰で。本当に情けない。一瞬そうも思った。
 でも違うぞ、何故なら俺は世間と戦っていない。ただカバンから荷物をとっただけの人だ。そういうふうに生きていくのだ。人の目を気にして、人を不愉快にさせないように。だって庶民だもん。

 たぶん、武士にも駄目な奴もいたし、庶民でも立派な人はいっぱいいた。最近の、勝ち組負け組とか、底辺とか、ホワイトブラックとか、そういう言葉が大嫌いなくせに、過去のことならば、同じことしてしまう。大事なのはその人がどういう人でどう生きたかで、それを評価するのは他人ではないってことだと思う。

 バスに座ってて混んできたら、大人になって始めて席を譲る日がくるのかと思う。でもよく考えると年間一回乗るか乗らないかくらいだから、あと多くて50回位しか確率ないか。しかも後半は譲られるほうかな?まぁ、そんなわけで世間に葉隠れしてますよ。こんな時代に葉隠れしてます。